私が一組のトランプをシャッフルすると、52枚のカードは、ある1通りの順序に並ぶ。

 トランプのカードの順序には、52の階乗(52!)個のパターンが存在する。これは68桁にもなる膨大な数字だ。シャッフルによって生まれた、ある1通りのカードの順序は、その膨大なパターンの中のたった1つになる。

 歴史上生きてきた人類をすべて累計すると、およそ1000億人になるらしい。トランプのカードの順序が持つパターンに比べると、57桁も小さい数字になる。仮に、歴史上全ての人類が一生に渡ってシャッフルを続けたとしても、トランプのカードの順序をすべて列挙することはできなかっただろう。

 つまり、私が何気なくシャッフルした52枚のカードは、歴史上初めて生まれた順序で並んでいる可能性が高い。

 トランプのカードをシャッフルするように、言葉を好き勝手に並べて文章を作ることを考える。

 日本語の国語辞典には、小さい辞書でも5万個を超える単語が収録されている。そこから単語をランダムに選んで100単語の文章を書くとしたら、生み出され得る文章のパターンの数は、5万の100乗個になる。これはおおよそ470桁の数字となる。単語をさらに1つ増やすごとに、パターンの数は4桁程度ずつ増えていく。

 私は、何気なく言葉を発するだけで、それほどの広大な空間から、たった一つの文章を選び出している。

 もちろん、私はランダムに文章を生成しているわけではない。  文章には、トランプのカードの配置よりもずっと強い規則性があり、現れるパターンにも一定のルールと制約がある。  しかしそれでも、文章が、有り得る膨大なパターンの中からたった一つ選び出されている、という事実は揺るがない。  ある程度の長さの文章は、それがオリジナルのものであれば、人類史上初めて出現したものに違いない。そして、将来に渡っても、同一のものが偶然生み出される確率は、恐ろしく低いだろう。

 私は、知らないうちに、呼吸をするように当たり前に、その時ただ一度きりの言葉の配列を生み出し続けている。  言葉を書き記すことで、私はその唯一の瞬間を私有している。  この瞬間のあらゆる文脈・あらゆる可能性に内在する膨大なパターンから、たったひとつの文章を、私は選び出し、私有する。

 大規模言語モデルと呼ばれる人工知能(AI)が、文章を書けるようになった。

 それまでにあった初歩的なAIとは比べ物にならないほど、流暢に対話をこなし、大抵の人間よりも整った文章を作れるようになった。  AIが今後数年で生み出す文章の量は、全人類がこれまで生み出した量を超えるとも言われている。  これから生まれるほとんどの文章は、何かしらAIの影響を受けたものになるだろう。そうして、インターネットでも、出版物でも、機械が生成した文章が巷には溢れるだろう。  だが、それでも、文章に内在する膨大なパターンを埋め尽くすには至らない。

 たとえ文章の大半を機械が書く時代になろうとも、そして、AIのほうが流暢で整った文章を書くことになろうとも、私は、この瞬間を、私自身の肉筆で私有したい。

 私が通り過ぎてきたあらゆる時間と文脈を前提とし、いまここから見える光景を眼前にして、そうして生まれる、たった一度きりの言葉のパターンを、私は私だけのものとしておきたい。  いままでどんな人間も作らず、そして、この先どんな人間も機械も生み出すとは思えない、そんな文章を、明確に私だけのものであるとして、ここに刻み付けておきたい。

 それができる場所になるように、私はこのサイトを作った。